35歳でスキルス胃がんになった。その後。

35歳でスキルス胃がんになりました。抗ガン剤TS-1の副作用により涙道が閉鎖し、常に涙が目からあふれ出ている状態です。

【スキルス胃がん】TS-1の副作用に苦しんだこと

昨年の5月の日記を読み返すと、TS-1の服用スケジュールと副作用が強くでるであろう時期の予測がこと細かに書いてあった。
この時期は日中の気温は20度を超えるのに、体が冷えて冷えて仕方がなかった。足元が寒くて寝付けずに、夫に湯たんぽを作ってほしいと頼み驚かれた。

私はリンパ節に2カ所の転移があったので、TS-1での追加の化学療法を2016年1月13日からスタートした。
手術をしたのが前年の12月9日だったから、術後約1ヵ月での抗がん剤治療開始となった。
2016年5月はTS-1の服用を始めて5ヶ月目にあたる。

腹痛との闘い

術後は食事の量が少なくなってしまったし、また栄養の吸収も良くないように感じていた。
自分では結構食べたつもりでも、全く体重に反映しない。
日に日に細くなっていく腕や脚を見て、夫が「モデルさんみたいになったね」とフォローしてくれたが素直に喜べなかった。
そんな生活だったから、食事が取れなくなるような酷い腹痛が副作用として現れてしまうことが一番辛かった。

腹痛が起きるときは決まって、腸がグルグルグルと激しく蠕動したあとだった。
早期ダンピング症候群の症状と似ているが、それと違うのは何も食べていない、何も飲んでいないときにも、突然腸の蠕動運動が激しくなってしまうことだった。
そして、腹痛はずっと続くのではなく5分置きだったり、1時間くらい大丈夫だったと思ったら、また今度は30分置きに痛くなったりという感じで、断続的に腹痛が続くような状態だった。

だから、食事を取ろうにもお腹が痛くなってしまうと中断せざるを得ない。また、お風呂に入ろうにも途中でお腹が痛くなると動けなくなるので、最悪3日くらい風呂なしの生活だった。
夫の食事も準備もできず、コンビニで買って食べてもらった。

www.will-survive.life

抗がん剤治療中の一つの決断

私は一つの決断をした。
昨年の11月以降、実家に預けていた愛犬を手元に呼び寄せることだ。

副作用で3日も寝込むような生活だったので、犬の食事の世話や散歩など、私の体調では難しいのではないかと最初は両親も夫も反対した。
しかし、私にとっては生きがいのような存在だった。夫よりも長く、私の人生に連れ添ってくれている。

現在、10歳。
犬の平均寿命から考えると、もうそろそろという域には入っているが、この子の最後を看取るまでは絶対に死ねないと思っていた。
もはや私が生きる意味はこの子の存在こそが一番だ。

そんな理由もあって、半ば強引に愛犬を再び家に連れ戻した。
久々の我が家に、家の隅から隅までニオイを嗅ぎまわっている犬の姿をみたら、当たり前であったはずの風景をもう一度取り戻せて本当に良かったと思った。

夜、寝るときはピッタリと寄り添ってくれた。私のお腹のところにまあるく丸まってくれると、犬の体温が伝わり、お腹の痛みも幾分か和らぐ気がした。
朝、目覚めると、ニコニコとしながら、頬をなめてくれた。体調の悪い時は、枕もとでおとなしく一緒に寝てくれた。


闘病を支える癒しを見つけること

がんになってから、家族はみな腫れ物を触るような感じで、私自身というよりも「がん患者」として接してくれていた。
それは深い配慮によるものだということは分かってたが、本当の気持ちはどこにも見えなくなり、支えられる人と支える人という役割がはっきりと分れてしまった。
私も家族に不要な心配をかけたくないと思い、『辛い』という言葉ではなく『大丈夫』という言葉を無理やり絞り出していた。

しかし、そんな生活がガラッと一変した。
私の病気のことなど何もなかったかのように、無邪気に愛される幸せ、求められる幸せ、頼られる幸せを愛犬は与えてくれた。
ボーっと寝室の天井を見上げるだけの時間も少しずつ減り、身体を動かし犬の世話をすることで、「私にもできること」が徐々に増えてきて自信を取り戻した。
そして「再発したら…」「転移したら…」という不安の中でも、またこれからどんな状況になっても、「自分ができることは何か」という視点をを常に見失わないようにしていこうと強く決心した。

やっぱり人は支えられるだけではダメで、誰か(何か)を支える役割も必要なんだ!


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