35歳でスキルス胃がんになった。その後。

結婚後、不妊に悩み、病院での治療を決心した矢先、35歳でスキルス胃がんになりました。TS-1の副作用により涙道が閉鎖し、常に涙が目からあふれ出ている状態です。

親ががんになったとき。我が家はこうなった。

親ががんであるということを子供はどう受け止めるのだろうか。

図らずも、私の両親はどちらもがんに罹患している。(父は男性特有のがん。母は胃がん。)
そして、私もがんになった。


先日、気になる記事を見つけた。

headlines.yahoo.co.jp

このアンケートを実施したのはキャンサーペアレンツ代表の西口洋平さんという方で、ご自身もがんと闘いながら、子を持つがん患者のための活動をされている。私は子供がいないので、親の立場として考えることは難しいが、両親が二人ともがんになっているので、親がかんになったときの子供の気持ちは良く分かる。

このアンケートではおよそ7割の方が親ががんになったことを子供に伝えたとある。
私も、父ががんになったときは母から、母ががんになったときは父から伝えられた。

父が大腸がんかもしれないと言われた中学2年生のとき

私が中学2年生のときだった。
父は職場の人間ドックを受け、大腸に腫瘍が見つかった。精密検査の結果「8割方、これは悪性の腫瘍であろう」というのがその時の医師の見立てであった。当時の医療技術の事情は私にはわからないが、その腫瘍は非常にやっかいな場所にできていて、開腹手術で取り出してみないと、それががんなんのかどうかはハッキリと判断できないという。

このことはすぐに母から伝えられた。「がんなのかよく分からないけど、お父さんが入院して、手術を受けることになるからね」と言われた。

母は非常に焦った様子だった。
というのも、母はずっと専業主婦だったため、家庭内の唯一の働き手がある父に何かあったら、どうやってこれからどんどん教育費がかかってくる私と兄を育てていけばいいのか、ということに強い不安を感じていたようだ。食事も碌にのどが通らない様子だった。

それを見た私は、いつも気丈な母が途方もなく落ち込む様子に少し戸惑ったことを覚えている。
しかし、私にはどうにもできないことだ。これから我が家はどうなるのかな?と、ぼんやりとした不安を抱えるだけだった。

一方で当時大学2年生だった兄は違った。
落ち込む母の様子を見て、「大丈夫。卒業したら、俺が〇〇(私)の学費は稼ぐから。私立だって行かせられる。」と自信ありげに言った。母と妹を安心させるための、精一杯の思いやりの言葉だったと思う。

結果的に、術後の病理検査で良性のポリープであったことが判明する。母の心配は杞憂に終わり、家族一同ホッと胸をなでおろした。

この15年後、父は別のがんにかかるが、ステージ1の早期がんだったため、手術のみで術後の化学療法などはなかった。
この時は子供たちは全員社会人になっており、手術日には家族全員集まったが、家族の中にもうある種のがんに対する『慣れ』が存在してしまっていた。(この手術の3年前には姉が婦人科系のがんの手術を受けている)
不安そうなのは父だけで、父以外はみんな『手術で悪いところを切ってしまえば大丈夫~!!』というノリで気楽なものだった。


母がスキルス胃がんと言われた高校2年生のとき

母がスキルス胃がんになったと聞かされたのは父の口からだ。(どうやら我が家は本人が子供に伝えるシステムではないらしい。)
「アナウンサーの逸見さんと同じ病気」「悪いところを手術で切れば、大丈夫だから」とだけ聞かされた。

母は明るく、いつも気丈に振る舞う人だ。見舞いに行けば、母は同じ病室の人と談笑し、廊下を歩けば色んな人に声をかけられていた。退院の日には、他の病棟から『母のファン』と名乗るおばあちゃんが車いすに乗って、わざわざお別れを言いに来てくれた。
相変わらずの人たらしな母の様子に、がん患者の悲壮感など一切感じなかった。

それが一変したのが、医療ミスだった。

突然、母が大量の吐血をした。がんの転移を疑われ、様々な検査をするが原因が分からなかった。その後、なんとか自宅に戻ってきたものの、夜中に吐くこともあり、父が洗面器を抱えて2階に掛け上げる様子を何度も見た。青ざめる父の様子に「どうしたの?」とは簡単に聞くことができる状況ではなかった。
日中も母もほとんど床に臥せているような状態で、明るく気丈な母の姿は消えた。


理由がわからないのが一番の不安となる

親に「がんが発覚した(※父の場合は、かもしれないという状況だったけれど)」と伝えられたときは、ビックリしたが、両親はとても落ち着いた様子だったので、子供心に混乱したという記憶はない。

ただその後、母が経済的な不安を抱えたとき、子供ながらに「治療にはすごくお金がかかるんだろうな」「うちには貯金がないから、母はそんなに不安になっているのかな」などと想像してしまい、母親の不安が私にも伝染してきてしまった。

母が闘病していたときもそうだった。

母が身体がだるくて起きているのもやっとな状態なのも、食事もままならないのも、「抗がん治療をしているから」「まだ胃が本来の機能を取り戻せていないから」と理由が分かっているときは、不安にはならなかった。

ただ、突然吐血をしてからは、原因がわからないということに対して、言いようのない不安を抱いた。
しばらくたって吐血は医療ミスによるものだった判明したが、私に知らされたのはだいぶ後になってからだ。その途中経過で一体何が起きていたのか、何も教えてもらえなかった。


私の両親は普段から周りを心配させないように、事実よりも事態を軽く表現する癖がある。
(私ががんになったときも、両親は姉に「早期がんだった」と伝えていた。姉に直接会ったとき「リンパ節にも転移があって…」という話をしたら非常に驚かれた。)
今思えば、子供に対してはさらに真実のほんの上澄みだけしか伝えていなかったことが多かった気がする。
たぶん「必要以上に不安にさせたくない」という配慮からだったと思うが、逆にそれが余計な想像を掻き立て、不安の元となるときもあった。



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