35歳でスキルス胃がんになった。その後。

35歳でスキルス胃がんになりました。抗ガン剤TS-1の副作用により涙道が閉鎖し、常に涙が目からあふれ出ている状態です。

『がん』は自分自身が育ててしまったもの|スキルス胃がん患者の経験から

前回の続きです。

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『自己管理もできずにがんになってしまった。私はダメな人間だ。』という強烈な思い込みが私の心を縛りつけていた。

これは若くして(とはいっても30代半ばだったけれど)がんになってしまったというショックと自分の母親が同じくスキルス胃がんであったのに、私は胃がん検診を受診することを怠っていたという自分の無責任さ・知識のなさに起因していた。

『すべて自業自得であって、すべての非は自らが負うべきことである』と思えば思うほど、巻き込んでしまった家族や周囲の人たちに申し訳ない気持ちが募った。

力を与えてもらった本

世の中には数々の闘病記が溢れている。夫は私ががんになってから、がんの治療に役に立つ知識がないかとたくさんの闘病記を読んでいた。

私も読んでみたいと思ったが、闘病記の恐ろしいところは必ずしもハッピーエンドで終わるわけではない、ということである。これは闘病ブログにも通じるものだが、家族や友人が最後の様子を書き記し、終了するというパターンも多い。

夫には今も元気に生きている方の闘病記が読みたいというリクエストを出し、薦められたのがこちらの本であった。


命はそんなにやわじゃない

20代後半でがんになり、余命半年から2年という宣告をされた筆者が色々なことに挑戦、そして時には失敗も繰り返しながら、がむしゃらに『生きること』に執着していくという話である。5年以内の再発・転移もなく、現在も元気に暮らされている。

著書の中には<元気になるコツ>と<元気になるのを遅らせたこと>というチップが散りばめられており、これが非常に参考になる。すべて読み返すのには結構なボリュームの本になるが、このチップを読むだけでも、がん患者としての必要な気持ちの持ちようを再確認できる。私は時々読み返しては普段の自分の行動を振り返っている。

その中に

「がんは自分で作った」と自分の責任として受け入れ「自分で作ったがんは自分で治す」と決める

という一文がある。

<がんは一朝一夕にできるものではない。長い時間自分の中で少しずつ育ててきてしまったものだ。であれば、がんを育ててしまうことになった環境、心の持ちようを変えることが大事である。>という考え方だ。

がんになってからも、自分はダメだダメだと思い続けては、何も変わらない。せっかく手術で病巣は取り除けたのだから、これからは再発・転移させないように、自分自身をかけがえのない存在として愛せるようにならなければと気づかせてくれた。

手っ取り早く自己肯定感を高める方法

前回の記事は「そのために、頭の中にあるいくつかのことを思いついた順に実行していくことにした。」という一文で締めたが、その「いくつかのこと」の一つが仕事復帰であった。

とにかく手っ取り早く自己肯定感を高めるためには、仕事に復帰することが良いと思っていた。特別私にしかできない仕事というわけではないが、仕事を辞めたあと、「あのときこうすればよかった。今度はこんな風に対応したい。」と頭を過ることがいくつもあったので、それを実際にやって、少しでも誰かの役に立てればと思っていた。そうすれば、自分自身の存在に少しずつ自信が持てるのではないかと考えた。

しかし、現実はそう簡単なものではなかった。
流涙の症状が酷く、ハンカチで目元を抑えながらの生活になってしまった。

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初対面の人と接することの多い仕事である。イチイチ流涙の理由を説明する訳にもいかないし、どんな理由にせよ涙を流しながら接客されるのも嫌だろう。(「春先で時期であれば、花粉症が酷くて…」で済まされるかもしれないが)

今のところ、以前と同じような働き方が難しいのが実情だ。思惑は一つはずれた。


傾聴してもらう効果

そんなとき思いだしたのが、社内のハラスメント研修で行った「傾聴」という作業のことだった。

傾聴は相手の話をあるがまま聞きとっていく。自分の体験談やアドバイスなどを押し付けることなく、とにかく相手の感情を受け止めるということに集中して相手の言葉を聞くという作業である。

そして、傾聴してもらった側の心理状況としては、自分の気持ちを理解してもらえたという達成感と否定も批判もなく話を聞いてもらえることで、自分を大事にしてもらえたという安心感を得られる。そして、自分自身に対して自信を持てるようにもなる。

現実はそう簡単に上手くいくとは思えなかったが、やはり自分一人の力だけではどうにもならないような気がして、私は最初前述した「がんサロン」に相談するということを考えた。「私の話を聞いてほしい」という思いからだった。

しかし、どんな相手に相談(話を聞いてもらう)することになるのかということが気になって、なかなか一歩踏み出せない。誰かの手を借りたいとは思うものの、30代でがんにならった人とか不妊で悩んだ経験がある人とか、自分と同じ境遇の人にしかわかってもらえないのではないかというイジケタ気持ちの方が勝っていた。

そんな中思いついたのが、「ブログに書く」ということだった。

顔を見えない、誰とも分からない人たちに向けて書くからこそ、自分が思うがまま書くことができるし、自分だけで抱えていた気持ちを手放すことができるのではないか、そう考えた。


自分を客観的にみるためにブログを書く

自分を客観的に見るということは、「理想の自分に近づくためにどうすればいいのか?」という問いの答えを見つけるために必要な作業だと思う。

私のブログを最初から読んでいただけた方はもうお気づきのことだろうが、『悲しさ、くやしさ、僻み、恨み、いじけ』の中にどっぷり浸ってしまっているのが客観的に見た私の姿だと思う。「不妊になって、がんになって~」のくだりはまさに悲劇のヒロイン気分そのものだ。しかし、一方では私の中には「こうありたい」という理想の自分が存在し、それに近づきたいとも思っている。

ブログを書くにあたって、当時の検査結果、入院のしおり、病院の領収書など、ただ無造作にファイルにつめ込んでいたものを全部取り出し、すべてに目を通した。正直、見たくないものもあった。でも、あのときの気持ちを思いだしながら、ありのままの自分の姿を文字に起こしていくうちに、『過ぎてしまった時間は取り戻せない。ならば、これから変えることのできる未来を考える方が賢明なのではないか。』という気持ちが強くなっていった。

正直、今はまだ気持ちの浮き沈みが激しい。朝は大丈夫でも、夜になるとまた深い沼に落ちてしまうときもある。しかし、『がんは自分自身が育ててしまったもの』という言葉は忘れないでいたい。再発するか、転移するかなんて、サイコロの次の目を当てるようなもので、悩んで答えが出ることではない。それよりも、なりたい自分になるために、どんなことをして一日を過ごしていけばいいのかということを考えて生きていく方がずっとずっと自分の人生に有益なことだ。


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