35歳でスキルス胃がんになった。その後。

結婚後、不妊に悩み、病院での治療を決心した矢先、35歳でスキルス胃がんになりました。TS-1の副作用により涙道が閉鎖し、常に涙が目からあふれ出ている状態です。

流涙と涙道閉鎖、自分が可哀想だと嘆く人生:TS-1の副作用③

家族以外には秘密にしていること

実は私はがんになったことを家族以外には誰にも話していない。
ただでさえ自分が受け入れられていないことを、どんな言葉を持って周りの人たちに説明すれば良いのか、その術を私は知らない。

昨年1年間は抗がん剤を服用していたため、目から涙があふれだし、顔色はどす黒く、まつげは抜け落ち、体重も10キロ近く落ちている状態だった。明らかに異様な容姿だったから、なるべく人には会わないようにしていた。

ただ、お誘いを受けてお会いした人たちには、「ちょっと体調崩してしまって病院に通っている」と言うことは伝えている。それ以上深く追求されることもなかったし、もしこのまま再発や転移がなかったら、一生このことを話す事は無いだろう。いやもしかして、こういうこともあったんだよと懐かしく過去を振り返りながら、話せる日が来るのかもしれない。

もし再発や転移をしてしまったらその時はすべて話そうと思う。


いま苦しんでいること

現在私は流涙と言う症状に苦しんでいる。言葉の通り、一日中目から涙が溢れて出してしまっている状態だ。スーパーに買い物に行って、ショッピングカートを押しながら涙を拭いていると、一瞬「えっ」という感じで見られることもあるから、泣いているのだと勘違いされることも多い。
拭きとらなければ、顔から滴り落ちる涙。何をしていても、涙を拭くことで作業は中断されてしまう。片手はハンカチでいつも塞がれたままだ。

本来ならば涙は涙道と言う鼻の脇にある管を通って、自然と喉に落ちていく。しかし私の場合、その涙道が抗ガン剤TS-1の副作用で詰まってしまった。医師からは「(流涙の症状は)目薬を付けるとスッキリするよ」とアドバイスされていたが、根本的な解決にはならなかった。
ただ、わたしはTS-1の副作用ならば、服用を止めれば自然とその症状は治まるものだと思っていた。


流涙、涙道閉鎖に対する眼科医の見立て


私が初めて眼科医の元を訪れたのは、TS-1の服用が終了して1ヶ月後のことだった。全く治まる気配のない流涙の症状に不安を感じて、涙道に関する専門医を尋ねた。ネットで下調べをしたところ、外科的な処置にはなるが解決策はありそうだった。

しかし、現実は全く異なった。その専門医の説明によると、涙道は一度詰まってしまうと、その詰まりを取り除くのには内視鏡手術が必要となる。しかも、TS-1の副作用による涙道の詰まりは悪質なので、流涙の症状がでて遅くとも2~3ヶ月以内には内視鏡手術で詰まりを取り除かねばならない。さもなければ、涙道閉鎖と言って、涙道の機能そのものが欠損してしまうのだ。

私の場合、流涙の症状がでて既に8か月以上たっていた。
「なかなか厳しい状況」だというのがその医師の見立てであった。「せめて半年前に来てくれたら、可能性があったかも」と言う。しかし、内視鏡でその詰まりが取れるかどうかやるだけやってみましょうということで、手術を受けることにした。

局所麻酔で片目に付き30分程度の日帰り手術だった。


内視鏡手術の結果

当日は夫に付き添ってもらい、その眼科医のもとを訪れた。
歯医者の診察台のようなところに寝かされ、太い注射を眉間のあたりに打たれた。非常に強い痛みを感じる。目の周りがぼんやりと感覚がなくなってゆく。
その後、内視鏡を入れるために、涙点を少しメスで傷をつけた。目は開けたままなので、先が尖ったものが目に近づいてくるのは怖い。しかし、じっと耐える。
医師が「うーん」と何度も唸った。嫌な予感がする。涙道は固く、内視鏡は入っていかない。もう片方の目も同じ状態だった。


医師が「痛い注射をしたのにごめんなさい。もう完全に塞がっています。これ以上は無理です。」と申し訳なさそうに言った。


私の涙道はもうとっくの昔に閉鎖し、その痕跡さえないという。もう体の肉の一部となってしまっている。
従って、私の涙道はもうその機能を復活する事は無い。

これから一生、溢れ出てくる涙を拭きとりながら生きていくことが決定した。
その瞬間、私の中で大きなものが崩れ落ちた。

流涙の症状がなくなったら、社会復帰を予定していた。
がんの治療が終わって、社会復帰をする人は多くいる。私もその一人として、家で悶々と再発・転移の影に怯えて過ごすよりは、外に出て少しでも人様の役に立てることをする方が精神的にも経済的にも良いと考えていた。
すでに求人票をみて、前職の経験が生かせる仕事をいくつかピックアップしていた。もし可能であれば前の職場に戻ろうかと、この手術が終わったら当時の上司に打診しようかとも思っていた。

自分が可哀想だと嘆いて生きるのはもう嫌だった。
がんによって粉々にされた私の人生を少しでも取り戻したい。負けたくない。

いずれにせよ、4月からまた新しいスタートが切れるのだと思っていた。


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