35歳でスキルス胃がんになった。その後。

結婚後、不妊に悩み、病院での治療を決心した矢先、35歳でスキルス胃がんになりました。TS-1の副作用により涙道が閉鎖し、常に涙が目からあふれ出ている状態です。

不妊とがんは心の有り様まで壊す|スキルス胃がん患者の経験から

2015年12月に胃がんの開腹手術を行い、20日間の入院生活を送った。
手術自体は2時間ほどで終了し、輸血の必要もないほど、少量の出血で済んだ模様。
2日ほど集中治療室に入り、3日目に病室に移った。

人生初の入院

もともと寝つきが悪く、物音に敏感で、夫のいびきに耐えられずに夫婦別室にするくらい神経質な部分がある私。もちろん他人の生活音に耐えられるわけがないので、病室は個室の一択だった。

K病院の個室料金は1日9000円。
応接セット、テレビ、クローゼット、トイレ、浴室、冷蔵庫付き。
(入院してはじめて知ったのだが、個室料金は1日の使用料金なので、1泊2日の入院だと2日分の料金がかかることになる。)
私が加入していた医療保険は入院日額1万円のプランだったので、個室料金は医療保険で相殺される形になった。

個室はとても快適だった。
お見舞に来てくれた夫にダラダラとくつろいで過ごしてもらうこともできたし、暇つぶしにiPadで映画を見るときに、イヤフォンを付けずに見られたのが良かった。看護師さんも皆、親切。


入院中イヤだったこと

ただ、入院中一番嫌だったのは、周りの入院患者との接触だった。

術後はわたしにとって、人生で最悪の時間であった。
傷口が痛み、食事も上手く取れず、点滴がはずれない。
最終的なステージが確定する術後の病理検査の結果を待つ間の不安。
もう涙も枯れ果てたころだったけど、誰かの何気ない一言にさえ、心の傷口をえぐられるという、最悪の精神状態だった。

そんな中でも「術後の回復を早めるために、身体をなるべく動かしてください」と医師に言われていたため、1日何十往復も病院の廊下を歩いていた。
だが、これが災難のはじまりとなる。
なぜなら、同じように廊下を歩いている(私よりもよっぽど元気に見えた)高齢者のご婦人方の恰好の暇つぶしの餌食にされたからだ。


高齢者のご婦人が私の隣を歩きながら

『あなた、若いのにどうしたの?』
私:胃をちょっと…

『手術は?』
私:手術はもう終わりました

『退院はいつくらい?』
私:まだ未定で…

『地元に住んでる人?』
私:はい、でもちょっと遠いです

『昨日、一緒にいたのはご主人?』
私:ああそうです…

『お子さんは?』
私:いません…

『じゃあ、いいわね。心配なくて。』
私:はい…



この会話の嫌だったのは、まず<若いのにどうしたの>という部分。
確かに見渡しても、9割方高齢者で、私くらいの年齢の女性は見かけない。

ただ、<若いのに>っていう言われ方がすごく癇に障ってしまい、「若いと病気にならないとでもいうんですか?私だってなりたくてこうなってるんじゃないのに」と心の中で叫んでいた…

あと<お子さんは?>のくだり。
なぜ、年寄りってすぐに子供の有無を確認したがるのだろうか!!
子供を産めない女で申し訳ありません。

そして、トドメは<じゃあ、いいわね。心配なくて>の一言。
「あなたは子ナシで無責任に何も背負うことなく生きてるんだから、心配することがなくていいわね」ってこと?!


こんなやり取りの会話が病院の長い廊下で幾度となく繰り返された。
大部屋で同室だったら、朝から晩までこれ以上の色んな詮索を受けただろう。
やはり個室にして正解だった。

不妊とがんは心の有り様まで壊す

別にそのご婦人に病気になったことや子供がいないことを責められたわけではないのだ。
それは、頭ではわかってる。

ただ、私は不妊をこじらせたままがんになったため、子供ネタは本当に精神的にキツイ…
そのころの私は、相手の言葉からあることないことまで連想してしまって、自分を傷つけ、苦しめる癖がついてしまっていた。

自分の人としての器の小ささや心の狭さに嫌気がさす。
『病気になって色んなことを学べた』と言える強くて立派な人もいるが、私は人と比べて落ち込み、僻みっぽくなり、いじけたり。

どうして私なのか。
どうしてこんな目に合わないといけないのか。

がんになって、どんどん醜く、崩れていく人格に、いつしか夫にも嫌われてしまうのではないかと不安になることも多くなった。


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