35歳でスキルス胃がんになった。その後。

35歳でスキルス胃がんになりました。抗ガン剤TS-1の副作用により涙道が閉鎖し、常に涙が目からあふれ出ている状態です。

インフォームドコンセントは患者への死刑宣告か|スキルス胃がん患者の経験から

「がんである」ということを告げられたその次の瞬間、頭に浮かぶことは「死」だった。
人間誰にでも平等に訪れる「死」。
だが、まさかこういう形で、自分の身の上に差し迫った形で忍び寄ってきていたとは、想像もしていなかった。

35歳で死ぬと思って生きてきてはいない。

結婚して、家も建てて、子供ができて…そんな【当たり前】の生活が待っていると思っていた。
確かに不妊で苦しい時期を過ごしたけど、不妊だからと言って死ぬわけじゃないし、子供がいない人生だって、別に不幸ではない。
でも、35歳でがんで死ぬってどうなの?
自分だけではなく、残される夫の人生も狂わせてしまう…悲惨すぎる…と、自分が可哀想で可哀想で仕方がなくなった。

インフォームドコンセントは患者への死刑宣告か>


病理組織検査の結果がわかる27日までの間、混乱した気持ちを兄にメールで伝えている。
以下、兄に送ったメールの一部の抜粋である。


一昨日はお仕事中にお邪魔してすみませんでした。
すごく混乱していました。。。
進行の速い癌だ、と言われ、死刑宣告を受けた気持ちです。

でも、こうなってしまったのは変えられない事実だし、しっかりと前向きに治療をしていきたいと思って居ますが、きっと27日には、ステージの段階とか、余命とか、そういうことがはっきりと聞かされると思うので、それに対して非常に大きな恐怖を抱いています・・・

そういうのって、患者が少しでも前向きになるような伝え方をしてもらえますか?
それともストレートに事実を伝えられるだけなのでしょうか?

結局、どんな伝え方であれ、残された時間は同じでしょうが、本当にのたうち回るくらい胃が痛かったとかではなく空腹時にたった数秒お腹がキリキリするなぁ・・・程度だったのに。(仕事が忙しい時期だったら、気にもしなかったと思います)
一昨日、進行の速い癌だと言われ、未来がすべて絶たれてしまった気持ちになったので、27日にはそのダメ押しがされるのではないかと思ってしまいます。

癌と戦っていきたいという前向きな気持ちは27日にくじかれてしまいますか?
しょうもないことばかり聞いてしまってごめんなさい。。。




<医師である兄の見解>


それに対する兄の返信の一部を紹介する。(一部表現は改変している部分があります)


長文になり、返信が遅くなってしまい、すみませんでした。

27日の説明についてですが、現在の医療の現場では、医療者と患者間のインフォームドコンセント、つまり説明と同意が重要視されています。
特に若くて理解力のある患者さんには、十分な説明の上、自ら選択してもらうというスタンスで説明がなされるので、特に説明の軸になる事実については、包み隠さず説明されることになると思います。

ただ医師の側から同じ事実を伝えるにしても、伝え方によって大分印象が変わるのもまた事実です。患者さんが前向きな気持ちになれるように説明する技術も含めての医療技術、と私自身は考えていますが、現実的には医師個人で考え方は異なるので、結局のところ今回説明する医師のその辺りの考え方次第ということになってしまうかと思います。

もし初診時の説明医師が27日も説明するのであれば、前回の対応の様子から大体の雰囲気が推測出来るのではないでしょうか?ただ27日も同じ医師が説明するとは限らないかも知れません。

次に27日の説明を聞くにあたって、実際に役立つかどうかはわかりませんが、あらかじめ考えておいた方が良いと思う点について、私なりの考えを紹介したいと思います。

まずは説明の場では、いくつかの選択肢とその際の予測される結果について説明されることになると思います。
ただし、そこで語られているのは、基本的には「医療を提供する側」から見た、癌に対する最善の対応の仕方についてである、ということは意識した方が良いかも知れません。
つまり現在の癌治療の主軸となる考え方は、治療効果を「学問的」に追究する手段として、「統計学的」にいくつかのパラメータ(生存率や腫瘍縮小効果など)について最も有効な成績の得られた手法を最善とする方法をとっており、確かに最も客観的な手法ではあります。

しかし同時に、このような科学的手法で検討可能な項目は、当然ながら客観的にデータ化できる事項に限られており、例えば人によっては最重要課題となり得る「生活の質」についてのこまごまとしたことなどは、なかなか科学的な検討の対象になり得ないため、今のところ生存率を中心とした治療体系の主軸に大きな影響を及ぼすまでには至ってはおりません。

もしかすると今回の主治医は、親身になって対応してくれたり、生活の質を重視した視点から病気を捉え、選択肢を提示してくれたりする、そう言う意味での良医であるかも知れません。ただシビアな言い方にはなりますが、いくら良医が患者の側に寄り添っても患者本人にはなり得ない、という「医療者側の視点の限界」もまた無視できないことであると思います。

このことからも「医療者側の視点」とは別に、「患者側の視点」に立った最善とは何かについて想いを馳せることも、患者にとっては重要なことであると私は思います。
つまり、医療者側から提示される学問的には間違いないストーリーだけが全てではないと、そこは冷静に対応する必要があると思います。

現代医学が完全無欠なものならば、その完成された学問的正統性に100%身を任せるのがベストと私も思いますが、現実はまだ発展途上の段階なので、私はそう思います。
では、答えはどこにあるか?ということになりますが、それは医学データの中にあるのではなく、自分の大切にしているもの、例えばそれは家族、自分の歴史、思い出、趣味、あるいは自分自身でも良いと思いますが、その中に「患者側」から見た最善へのエッセンスが隠れていると私は思います。
ただし、その答えを探す際に進むべき方向を間違わないためにも、基本的な医学的知識は必要になると思います。私が役に立てるようでしたら勿論アドバイスしたいと思っています。

長くなってしまいましたが、まとめますと、27日の医師からの説明は説明として一旦受け止め、それを受けてどうするかは、自分の視点から改めて考えてみる、ということではないかと思います。


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