35歳でスキルス胃がんになった。その後。

結婚後、不妊に悩み、病院での治療を決心した矢先、35歳でスキルス胃がんになりました。TS-1の副作用により涙道が閉鎖し、常に涙が目からあふれ出ている状態です。

「あっさりとあっけなく」がん告知|スキルス胃がん患者の経験から

2015年11月16日(月)

8:30からの受付に間に合うように、夫とふたりでK病院へ向った。
もしかして、再度内視鏡検査を受けることになるかもしれないと思ったので、食事は朝から抜いておく。

病院はすでに多くの人でごった返しており、初診ということもあって、診察までかなりの時間を要することは誰が見ても明らかだった。
実際に消化器内科で診察を受けられたのは、2時間半後の11:00を過ぎたころだった。

6畳ほどの小さな診察室。医師は茶髪で40代くらいの感じの良さような人だった。
私は不安で不安でたまらない一方で、早く白黒をつけてほしいという気持ちも先行し、紹介状に入っていた画像を凝視する医師に思わず、「悪いものですか?」と先走って聞いてしまった。

すると「うーん、まずはもう一度内視鏡で見てみましょうか?」と返事を濁され、これは悪いってことなんだなと確信する…


それから、予約の患者さんの合間に緊急で経口内視鏡検査をしてもらえることになったのだが、検査を受けられるまで約2時間弱、更に待つことになる。(病院って待ち時間が辛いですよね…)

初めての経口内視鏡検査ということで、看護師さんから一通り検査の流れについて説明を受けた。
安定剤という麻酔を入れるため、ほとんど眠っているような状態で検査を受けられる。苦しさや痛みはほとんど感じないとのこと。
ただ、私の場合、『痛くない』という触れ込みの経鼻内視鏡検査で、とても痛い思いをしたので、今回もそんな感じになるんだろうと、半ばあきらめのような、もうどうにでもしてくれというような、少し投げやりな気持ちになったことを覚えている。

内視鏡の検査室では、ストレッチャーの上に横になり、マウスピースのようなものをくわえさせられた。
そして、安定剤を注射され、だんだん意識が朦朧としている中で、検査を担当する医師の姿をかすかに見たような気がしたら…

その後の記憶はない。
苦しさも痛みも、全く何も感じなかった。


いつの間にかストレッチャーで運び出されていたようで、検査室の一角をカーテンで仕切った場所で目が覚めた。
立ち上がると少しフラフラしましたが、本当に痛みも苦しみも何も覚えておらず、安定剤の威力を感じる…
(こんなにあっけなく終わるのなら、もっと早く受けておけば良かった…)


再び待合室に戻り、10分くらいしたのち、医師から検査結果の説明を受けた。
そこで、二度目の告知を受ける。


医師「低分化型の胃がんです。現在胃に出血があり、十二指腸の方にも広がっています。」


低分化型?
聞いたことのない言葉だったので、夫が詳しい説明を求めた。


夫「低分化型があるなら、高分化型もあるんですか?どういう違いがありますか?」

医師「簡単に言うと、低分化型は高分化型よりも進行が速く、悪性度が高いです。」

夫「ステージは…?」

医師「これから病理組織検査をしてからはっきりわかりますが、ステージ2か3だと思います。」


病理組織検査の結果がわかるのが約2週間後の11月27日。
そこで、今後の治療スケジュールが確定するとのこと。
それまでは、ただひたすら待つしかないという状況。


すぐにこの現実を受け入れられる人はいるのだろうか?
そして、こうにも簡単にあっけなく「がんである」ということを本人に告げるものなのかと非常に大きな驚きがあった。

ともかく、2015年11月16日
あっさりと、あっけなくがんの告知をされ、私はがん患者となった。



家に帰るまでの間、車の中でずっと泣いていた。
夫も泣いていた。

どうしてこうなったのか?
なんでこんな目に合わないといけないのか?
何か悪いことをしたから、その罰を受けているのか?
そんなことが頭の中をグルグルと駆け巡っていた。


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